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おきざりにした悲しみは

長年連絡の取っていない友人のお父さんから電話をもらった。

「息子は昨年亡くなりました」という知らせである・・・

毎年年賀状だけは相手から来なくても出し続けていたので、高齢のお父さんだが、わざわざ知らせてくれたのである。

同級生が亡くなるという現実もショックだったが、お別れも焼香も手を合わせる事も出来なかったのが心残り。

お寺の檀家さんでも1ヶ月以上も経ってから、「○○は亡くなりました」と連絡が来るケースが近年多い。

遺族は、お寺や私の事を知らないだろうが、こちらは故人と親しかったのだ。

金銭的な理由で知らせをくれなかったケースが多いと思うが、何が一番大切なのかを解っておられない。

お気持ちで・・・は、どうしてお気持ちなのか。 故人やお寺の気持ちに、なぜ遺族は想いを馳せられないのか。

信仰相続の大切さを身に染みて感じる・・・。  葬儀は誰のためにあるのかを今一度考えて欲しい。
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Author:chikou
日蓮宗 妙法華院 住職。
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